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最近 7 日分 / 今月の一覧

2017-03-31 Fri

文化映画とは [study]

大塚英二 著 『手塚治虫が生きていたら電子コミックをどう描いていただろう』 p.99-100 より

ここで『桃太郎 海の神兵』を「文化映画」として受け止めていること、そして、手塚の議論が「記録映画」的な形式が「芸術」的である、という前提に立っていること、この二つが、注意すべき点です。そして、そのことが手塚少年がこの時点での映画理論を一定の水準で正確に吸収していたこと、そして、この少年が何故、「ストーリー」まんがという枠組みを思いつくに至ったのか、ということを理解する糸口となります。
まず、一つめの「文化映画」という概念について説明しましょう。これは昭和一二年にナチスドイツに倣って導入された映画法によって映画館に上映が実質的に義務づけられたドキュメンタリー的な教育啓蒙映画のことをいいます。農村の生活や民俗文化を描く「郷土映画」や、機関車の仕組みやあるいは 鉄道から見える土地土地の観光拠点について描く「鉄道省映画」などいくつかのサブジャンルがあります。
「鉄道省映画」という言い方はこれら「文化映画」に対してお役所が一分野ずつ支援していたからで、海軍省というお役所が支援していた「文化映画」が『桃太郎 海の神兵』だ、という枠組みをまず見ておく必要があります。
この「文化映画」の成立には三つの背景があります。一つめは観客の問題です。昭和六年の満州事変をきっかけに日本ではニュース映画館が乱立しました。大陸で進行する戦火を週替わりのニュースフィルムで上映する映画館に観客が殺到したのです。つまり、ニュース映像やドキュメンタリー映画のおもしろさに日覚めてしまった大衆がいました。ちなみにこのニュース映画館で併映されたのがミッキーマウスなどのハリウッド産のアニメーションです。この国ではドキュメンタリーとアニメーションが同時に受容されたというのは案外と重要な問題です。
第二はつくり手の問題です。イギリスにおけるドキュメンタリーの概念や、マルクス主義的な「プロキノ」運動など、映画というジャンルにおいて「記録映画」的な領域がより新しく芸術的なジャンルとしてみなす流れが同時代に具体化します。
第三に為政者の側の問題です。満州事変以降、「来たるべき大戦」は「近代戦」であり、それはすなわち「科学戦」であり「宣伝戦」である、という考え方が成立します。つまり「国民」に「科学」的な啓蒙(「宣伝」)を行う手段として「文化映画」は国策との整合性が高かったのです。
戦争プロパガンダ映画として国策が支援したのは戦意高揚的な戦争映画ではなく(そういう作品は大衆が求めますから国からいわれなくとも映画会社は作ります)、むしろ、地味でかつ技術的にはアヴアンギャルド映画の流れさえくむ「文化映画」であることは、例えばヒトラー政権下でナチス党大会のドキュメンタリー映画『勝利への意志』ゃベルリンオリンピックの記録映画『オリンピア』を監督したレニ・リーフェンシュタールの存在からもうかがえます。

2017-03-30 Thu

近代的主体とは [study]

大塚英二 著 『手塚治虫が生きていたら電子コミックをどう描いていただろう』 p.61 より

小説が終わった後、作者である自分の立場も短い間に色々変わったけれど夢の中で自分を見つめる猫の瞳はずっとそこにありつづける、ということです。漱石という人は監視妄想、つまり自分が誰かからこっそりと見張られているんじゃないかという妄想を持ったりもした人で、それと結びつけてこの一節を考えることもできますが、それよりもこれは「一人称」を「観察する主体」として漱石が意識しているということにとりましょう。「一人称」とは本来は私について書くためではなく、「私」や「私」が帰属するはずの「社会」を一歩ひいたところから「観察」して描く方法なのです。その方法は主観の主(私)が死んでもずっとあり続けるよ、といっているわけです。

2017-03-29 Wed

構成とは [study]

大塚英二 著 『手塚治虫が生きていたら電子コミックをどう描いていただろう』 p.43-44 より

手塚のこの発言をぼくはあちらこちらで何度も執拗に引用してきましたが、それはここにまんがの絵について本質的なことが述ベられていると感じるからです。

手塚のこの考え方というのはWEBやSNSなどで自分用のアバ夕ーをつくる時のことをイメージして下さればそう問違いではありません。あらかじめ用意された顔の形や目や鼻やロといったパーツの中から気に入ったものを組み合わせていって「私」の替わりをするキャラク夕ーをつくります。手塚はそういう様々なパーツが自分の頭の中にデータべースとしてありそれを組み合わせてキヤラク夕ーをつくっているだけではなくて、そのキヤラクターの表情や動きの「害き方」も「パターン」としてあらかじめこのデー夕べースの中にある、というわけです。

今、ここでぽくは「アバター」とか「デー夕べース」とか未だに旧世代のぽくとしては却ってしっくりしない概念で手塚の「記号説」を説明しましたが、手塚がこの発言をしたのは七九年のこと、遥か前世紀の昔です。キャラクターなど所詮、パターンの組みあわせからなる「記号」に過ぎないなんて随分と斬新な発言のような気もしますが、実はこの考え方のベースにあるのは 一九二〇年代に登場したロシアアヴァンギヤルド、及ぴその前提としてある構成主義という考え方です。構成主義というのは敢えて乱暴にかつ平易にいってしまえぱ対象物を最小単位に分析してその順列組みあわせによってその概念・本質を表現する考え方です。高校の美術の時問に円や三角形で画面を区切って塗り分ける「構成」という授業をやったと思いますが、それは表現しようとする対象やイメージを「畿何学的図形」という最小単位からなる組みあわせとして構成しようとするものです。

同じように映画は「カット」という最小単位の組みあわせからなる構成物であり、この場合の「構成」とはいわゆるモン夕ージュです。構成的な絵画と映画におけるモンタージュ論は同じ時代の同じ思考に基づきます。手塚のまんが記号説も実はこの時代の考え方の援用です。クレショフという映画監督が、例えば漢字の「人」という「記号」と「木」という「記号」を組み合わせて「休」という新たな意味をもつ「象形文字」が生まれることを映画のモン夕ージュの説明として用いた論文を手塚は十代のうちに読んでいて、このようなクレショフの考え方をまんがの絵の説明に転用したと思われます。「人」という字そのものは確かに人の姿がベースになった「象形文字」ではありますが、にんべんすなわち「イ」になるともうただの「記号」でそれ単独では意味を持ちません。そういう意味では「記号」の組みあわせからなる「まんがの絵」は手塚にとってある種の数式のようなものだったとさえいえます。

2017-03-28 Tue

2017-03-27 Mon

mutool (mupdf) で pdf -> png/jpg 画像分割 [pdf]

mutool draw -o p%d.png -r 300 test.pdf

p1.png, p2.png,,, ができる

https://betanews.com/2016/09/20/mutool-is-a-command-line-pdf-toolkit/

2017-03-26 Sun

途中でファイル名変更 [emacs][chalow]

dired 使う

1. C-x C-f RETし,Diredモードに入.
2. 当該ファイルにカーソルを移動.
3. R(Shift+r)
4. 「Rename <当該ファイル> to:」と訊かれるので,変更ファイル名 -> RET
5. q(Diredモードから抜け)

http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20111218/1324149099

2017-03-25 Sat

アップデートが何度もこける [arch]

/etc/pacman.d/mirrorlist に一時ミラーサイトを追記してみる手

# /etc/pacman.d/mirrorlist
# (一行追記)
# https://www.archlinux.org/mirrors/status/ のスピード表みて

Server = http://mirror.f4st.host/archlinux/$repo/os/$arch


ポイント?は

あたまに
Server =
を付け、urlの後ろに、
$repo/os/$arch
をつなげて付ける。
すること

mirrorが鈍足のとき。archlinux(本家系):
http://fedoranize.seesaa.net/article/414169958.html